イギリスの哲学者バートランド・ラッセルが、こんなことを述べています。

私が本当に腹からいいたいことは、仕事そのものは立派なことだという信念が、多くの害悪をこの世にもたらしているということと、幸福と繁栄に到る道は、組織的に仕事を減らしていくにあるということである。(~中略~)

だが相当のひまの時間がないと、人生のもっとも素晴らしいものと縁がなくなることが多い。多くの人々が、この素晴らしいものを奪われている理由は、ひまがないという以外に何もない。馬鹿げた禁欲主義、それはふつう犠牲的のものであるが、ただそれに動かされて、そう極端に働く必要のもうなくなった今日でも、過度に働く必要のあることを私たちは相かわらず主張し続けている。(堀秀彦・柿村峻訳『怠惰への讃歌』平凡社ライブラリーより)

あるシンポジウムで、児童相談施設の職員の人のお話を聞いたのだが、その中に素晴らしい例があったのだ。

 ちなみにこの方は「セラピスト」ということだった。セラピストの日本語訳もいろいろあるようだが、この場合は心理療法士ということらしい。


 で、その「上手なほめ言葉」は、「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」というものだった。


 その方が言うには「よく頑張ったね」とか「上手だね」とか「素晴らしいね」というのは、表面的なほめ言葉であって、ほめられた子供には強く響かないらしい。

 親が自分の子供をほめる場合にはそれでもよいそうだが、指導にあたっている人間が使うには稚拙なほめ言葉だそうだ。


 授業実践の記録を掲載しているサイトも多いが、それを見ると「いいね、いいね」とか「おっ、それは素晴らしいね」とか「きれいだね」などを連発している授業例も多い。

 たまに言われるのなら、言われた子供も嬉しいだろうが、(セラピストの方の言葉だと)あまり連発すると逆効果になることもあるそうだ。


 昔の殿様ならば、自分の家来をほめるときに「あっぱれ、あっぱれ」ですますことができただろう。言われた家来のほうも、それで十分に満足だったろうと思う。


 身分の区別がはっきりしている場合には、いわゆる「上の人間」からちょっとほめられただけでも効果があるのだが、教師と子供の人間関係は何十年も前のような「目上の教師・目下の子供」という関係ではなくなっている。

 「教師は子供よりもずっと上の立場だから『すごいね!』というだけで十分にほめたことになる」という考え方を持っている教師がいたとしたら改めたほうがよいだろう(^^;)


 余談めいたハナシになるが、私が大学生の頃、アマチュアロックバンドをやっていて、プロのロックバンドのコンサートの前座をやることも多かった。

 コンサートが終わった後、打ち上げでプロの方と飲んだりすることもあったが、そのときに「君たちのバンドもなかなかいいね」と言われると嬉しかったものの、それだけでは社交辞令のように感じた。たまに「プロになりたいのであれば、ウチの事務所に連絡してほしい。連絡先は‥‥」と名刺をもらったりすると、本当にほめられているように感じたものだ。

 大人でも、単に「いいですね」と言われるよりも、具体的な何かがあったほうが嬉しいのだから、子供ならなおさら「自分の行為がちゃんと認められている」と自覚できるようなほめ言葉が有効であろう。


 さて、例にあげた「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」だが、このほめ方が素晴らしいのは、ほめられた人間に自己の行為を振り返らせるところにある。


 ほめるということの目的は、自分の行為を有用感を認識させ、次の活動への意欲を増大させることにある。

 ただ単に「いいね、いいね」とか「上手だね」だけでは、精神的な満足感を与えることはできるかもしれないが、ほめられた人間が自分の行為を振り返り、そのやり方を他の活動にも生かすようにするには、その人間の個人的な内部の精神活動に期待するしかない。受け取る側がちょっとひねくれた受け取り方をしてしまえば「また、そんなおべっかを言って‥‥」という感じ方をすることにもなりかねない。


 ところが「どうやったらそんなふうにできるようになったの?」と言われたら、それに答えて「こうやったらできるようになったんだよ」と言うかどうかは別にして(謙遜して『そんなことは‥‥』と言う場合もあるだろうから)、自分の心の中では、「そうか、あれをこうしたからできるようになったんだな‥‥」と振り返ってみるに違いない。


 これは完全にほめることの目的に合致する。

 他者(教師)からほめられたという満足感だけでなく、「自分はこういう努力をして、こういうことができるようになった。それが他の人にも価値ある行動だと認められた」という認識を持つことができるからである。


 このほめ方は、いろんなバリエーションで活用できるだろう。

 「今の発表のしかたはよかったね。どういう工夫をしたら、こんなにわかりやすい発表にまとめることができたの?」とか「こんなにたくさんの資料をまとめるには大変だったろうね。どういう方法で資料を集めたのかな?」等々である。


 自分がそのために努力をしたのであれば、それが認められたという感じを持たせることができるし、それほど苦労をしないで何気なくやったことだったとしても「自分が何気なくやったあのことが良かったんだな」と自覚させることができる。

 ほめられた子以外の子供にも「先生は○○さんを調子よくおだてているな」という感じを持たせないで、「そうか、そういうやり方でやるとうまくいくんだな」と考えさせることもできる。


 単に子供の気分をよくするだけでなく、自己の行為を振り返らせ、その方法を自分の得意として自覚させ、自分の存在価値を認識させ、さらに他の子にも学習活動等のヒントを与えるということで、このほめ言葉は完璧だと思う。


 ただ、このほめ言葉には問題もある。それは子供のやっていることをきちんと見ていないとほめることができないということだ。

 子供がやっていることと違うことを、うわべだけ「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」とほめても、子供は「先生、何を言っているんだろう」としか受け取らないだろう。

 「先生はきちんと自分のことを見ていてくれる」という意識を持たせることができるほめ方だけが、子供の心に響くのである。


 そういう意味で、このほめ言葉は、たまにしか使えない(^^;)

遠藤周作が昭和35年に書いた原稿が、46年後に発見されてこの本(元は単行本)になった。手紙や文章の書き方をやさしく教える内容。病人への見舞いの手紙、彼女を上手くデートに誘うラブレター、告白されて断るときの心得(女性編)、お悔やみ、など、

軽い読み物なのだが、遠藤周作がいかに人と違う文章、凡庸でない文体を確立することを大切にしていたかがよくわかる。文章力を鍛えるための「ようなゲーム」を日常的にバスに乗りながら行っていたそうだ。これは誰でも簡単に取り組めるが、うまくやるのは難しいゲームだ。

「ようなゲーム」とは、眼に見えたもの、耳に聞こえたものを形容する言葉を、

(1)普通、誰にも使われている慣用句は使用せず
(2)しかもその名詞にピタリとくるような言葉を

見つけるというゲームである。

夕日のことを

「燃える火の玉のように」

というのは慣用句的で避けなければならない。代わりに、

「大きな熟れた杏のように」
「赤くうるんだ硝子球のように」

などという有名作家達の名文が挙げられる。

文章の極意(文脈的にはラブレターの極意なのだが)は抑制法(当たり前のことをぜんぶ書くな)と転移法(ナマではなく別の言葉で)だと看破する。実体でなく影の方を描くと、効果的に情景が立ち上がるという話、わかりやすいが実践は結構難しい話だ。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]投稿日:2009/10/08(木) 23:40:05.19 ID:+qxwZVML0
「こいつは俺より下手だな」と思ったら、そいつはお前と大体同じぐらい
「こいつは俺と同じぐらいだな」と思ったら、そいつはお前よりも上
「こいつは俺よりうまいな」と思ったら、そいつはお前の遥か先を行っている
pdl2h:


vmconverter:


lascatola20:

Sundown over London (via almonkey)

pdl2h:

vmconverter:

lascatola20:

Sundown over London (via almonkey)

September 18, 2009   76 notes  

その方曰く、

「無駄遣い」とい聞いてお金のことを思い浮かべるようではダメだ。

と。

「時間」のことを思い浮かべなきゃね。

名言|ひすいの社長Blog (via irasally) (via iyoupapa) (via fukumatsu) (via yaruo) (via gkojax) (via shibata616) (via takaoka) (via kml) (via appbank)

  222 notes  

2009年9月16日

その電話は、切れては鳴り、切れては鳴りと、何度も繰り返しかかってきました。
まったく見知らぬ番号。それだけに、「誰やろなあ?取らんとこ」と居留守を決め込んでいたのです。
アイオワカブスのシーズンが終了して一週間。
練習どころかストレッチすらしない、眠ってばかりのオフの始まり。加えて、ぎっくり腰で這いつくばっているヨメと、
ちょろちょろする寛の食事や学校の用意などに追われ、主夫業も板についてきた、そんな時でした。

再度電話。今度は代理人事務所からです。
「カブスが田口さんにさっきから急ぎの連絡を取りたがっているんですが、かかってきていませんか?」
「もしかしてあの番号かなあ?2時間くらい放置しとったで」
「それです!緊急らしいので、かけなおしてください」

いったいいまさら、カブスが俺に何の用事やねん?
いぶかしい気持ちでかけた電話口で、
「残りのシーズンを一緒にやろう!明日シカゴに来てくれないか?」の声が聞こえた時、
僕の中には大きな戸惑いと、喜びとも不安とも、到底説明できないような
感情が湧き上がりました。
「ちょ・・・ちょっと考えさせてください!」

昇格のお知らせに、考えさせてください、は
ないやろう。いや、それほどまでに、ありえないコールアップの報せだったのです。

シーズン中も、昇格の話は何度も出たと、日米のメディアから今日聞きました。
そのたびに、40人枠に入っていないことが問題となり、実現しなかったのだと。
僕もそれを承知していました。承知せざるを得ませんでした。でも、
「マイナーだから、やめる」というわけにはいきませんでした。
マイナーだって、プロなのです。ファンはお金を払って見に来てくれているのです。
俺はお客さんを満足させられているんやろうか?自問自答の毎日。
意地やプライドに縛られている自分との戦いの毎日。
もう、十分戦ったから、寝転がっていても許されるよなあ・・・。心も身体も、「今年」は
終わっていたのです。それなのに。

カブスの外野手にけが人が続き、物理的に人数が足らなくなり、
あれだけネックになっていた40人枠の問題が、ついに取り払われました。
僕はタナボタのように、「メジャーリーガー」に戻れたのです。
いや、候補は山ほどいます。その中で白羽の矢を立ててもらえたことを、素直に喜ばなければいけませんね。
それにしたって、どこまでドラマにすんねん。
8日にものすごい時間をかけて書いた、今年最後のメールの立場は・・・?

あらためまして、シカゴからこんばんは。
今日から「シカゴカブスの田口壮。背番号99」です。
今、このメールを読んでくださっている皆さんと、
残りの2週間を目一杯楽しめたらと思います。
どうか本当の最後まで、見守っていてください。
今皆さんが目の前にいたら、
「人生ってわかりませんよねえ。どう思います?」と、ビールでも一緒に飲みたい気分です。

Mail from So

野球の神様はいるよ

(via tagkaz) (via appbank)

  81 notes  

426 名前:Mr.名無しさん 投稿日:2006/09/12(火) 03:01:19
私、君達みたいな男の人知ってる。
仕事で困った時に一生懸命汗かきながら助けてくれたり、
「パソコン買いたいな」って言ったら、
お勧めのパソコンリスト作ってきてくれたりしてくれるんだよね。
だからお礼に冷たいお茶入れたり、
くたびれたスリッパ履いてたからプレゼントしたりした。
でも何故かわからないけど全然違う。私の彼氏と。

彼氏は別にイケメンじゃない。でも一緒にいると幸せな気持ちになるし、
ドキドキするし、エッチな気持ちにもなる。
「可愛い」って言われただけで頭がぼーっとなる。
彼氏の為だけに可愛い洋服や下着を選んで迷って、一日かけてたりする。
それを褒められるとホントに嬉しい。
全然違う。君達と。
何が違うんだろう。

誤解させたならごめんなさい。告白させたりしてごめんね。
優しくしたのはお年寄りに優しくするのと一緒なの。
気付いてる?君達ってお年寄りと似てる。

アマチュア=問題の難しさや危険を知らないか,過小評価する。


アマチュアの論理

・理想論を規範論にする
・当事者の能力や努力を知らず,無能・無責任・怠惰と批判する。
・プロは,ミスをせず,また,変化や危険を予知できる存在と決めつけ,
 それに反する事故が発生すればプロ失格と批判し,時には,犯罪者にする。
・難しいこと,危険なことを簡単に考え,「やれ」と言う=「素人の暴論」
・成功や失敗の理由を,1〜2の要素に求め,短絡的に理解し,論じる。
 特に「アイデア」,「意識」,「体質」,「制度」,「組織構造」などに求める。

・現在の制度のデメリットのみをあげつらう。
・新たな制度のメリットのみをアピールして提唱する。
・新たな制度のデメリット,副作用を考えない(知らない?)。

・新たな制度が諸問題を一気に解決すると考え,改革や革命を連呼する。
・できない理由を,改革する想像力や意欲の不足に求める。
・トレードオフがある課題を,同時にやれという(たとえば,迅速と的確)。

ランチェスター思考 競争戦略の基礎 (福田秀人著 東洋経済新報社刊)より

「プロと呼ばれる人たちは、アイデア出しにかける時間が長かったり、膨大なバリエーションから選んだりするところが、アマチュアと違っているのだと思います。アマチュアの人に欠けているのは、そのプロセスです」

最近の売れ筋商品を見ると、

・iPod、iPhoneをアップル社では作っていないし、

・PS2(プレイステーション2)をソニーの工場では作っていないし、

・ニンテンドーDSやWiiはもちろん任天堂で作ってはいないし、

・MacBook AirやHPやレノボのパソコンも、アップルやHP社やレノボ社で作っていないし、

・ノキア社やモトローラ社は携帯電話端末を自分で作っていません。

 OEM(Original Equipment Manufacturing)生産で他の会社に生産を委託することは従来から普通に行われています。
が、実は上記製品の製造は全部同じ会社がやっていることに驚きます。

これら有名商品を作っているのが鴻海精密工業(ホンハイプレシジョン)で、製造だけでなく、設計・開発も短日程でこなします。 
台湾で操業して中国に進出した会社ですが、Foxconnというブランド名なら知っている人が多いかもしれませんね。

 世界最大のEMS(Electronics Manufacturing Service)会社です。

最初の一歩は、その道のりの半分に相当する。
実家の近所のお寺の掲示板の「今週のことば」みたいなやつ (via spf) (via nikuniku) (via dukkha) (via thresholdnote) (via etecoo) (via petapeta) (via yaruo) (via honishi) (via systempunks) (via ak47) (via takaakik) (via appbank)

  260 notes  

pdl2h:

ak47:

saitamanodoruji:

staki2:

reretlet:

476 :恋人は名無しさん:2005/10/17(月) 04:44:02 
ウチは喫茶店によく行く。
普通のカップルなら見詰め合って会話を続けて…なんだろうけど
こっちはお互いに好きな雑誌を読んでるだけ
婦人画報とかRelaxとかそんな雑誌が中心
時々、気になる内容があれば「これいいと思わない?」みたいに話すけど
それ以外は無言。
そんな週末を過ごし続けて、ある時彼女に言われた。

「これを求めてたんだよね・・・二人別々に好きに本読めてさ、なんだけど一緒にいるって。
 あまり話さなくてゴメンね、でもあたしはこれで幸せなの」

実は俺も同じ様な事を思っていた。
俺も彼女も極端な個人主義なので、付き合ってるんだから何かしなくちゃって考え方はしない。
一般的に見て同様の考えを持つ人は少ないから、今までの相手では疲れっぱなしだった。
だからこそ、気を使ったり、無理に会話する必要の無い今の彼女と一緒に時間を過ごせるのが幸せだ。
きっと周りからは冷めたカップルに見えるんだろうけど、俺は彼女を誰よりも愛してる。
彼女もそれを理解し、俺だけを愛してくれている。

今から2時間後に海外出張のために家を出ないとならないので、今週平日は会えない。
一応、週末に帰る予定なので、次の休みも近くの喫茶店で会う約束をしている。
その時も同じように雑誌を読んでいるのだろうけど、そうしていられる彼女に出会えた俺は
本当に幸せ者だと思う。


てんこもり。 【アナタニアエテ】幸福な瞬間【ヨカッタ】

ああ、こういうのが理想だ

山地酪農牛乳やその製品をはじめて飲んだり食べたりする人が一様に言うのが、

「きっと濃厚で美味しいんでしょうね!」

ということ。でも、それは間違いだ。山に放って草を食べさせたものは、ごくあっさりとした牛乳になる。それはそうだ、濃厚な餌を与えていないんだもの。だからあっさり、さっぱりした味わいになる。

元来、濃厚なものはハレの日のご馳走である。そんなのを毎日飲む必要はない。いまの日本は毎日がハレの食卓になってしまっているのが問題でもある。米も肉も麺も牛乳も野菜も、インパクトのある、甘い、ねっとりした、コクのあるものがいいとされる。でもそんなのが全てになってしまったら食文化の崩壊だ。

ほんものはあっさり、軽い。

それが真実だと思う。

以前、アメリカにいたときに聞いた話です。

 有名なマネーコンサルタントがいる。クライアントにどのように投資すれば運用を成功させられるかアドバイスしたり、セミナーで参加者にどのような心構えがあればお金持ちになれるかレクチャーしたりする専門家。

 あるときコンサルタントの彼は思った。「本当に自分は人をお金持ちにする能力があるのだろうか。もしあるのであれば、相手がどんな人であってもお金持ちにすることができるはずだ。それを証明したい」。

 彼は、友人とロサンゼルスのダウンタウンに行った。そして、友人に無一文のホームレスを一人選んでもらい、そのホームレスをお金持ちにすると決めた。

 3か月かけて、投資の知識、交渉技術、お金に対する哲学、もてるノウハウのすべてをホームレスに伝授。もちろん、彼が代わりに投資するようなことは一切せず、ただそのやり方を教えただけ。

 3年後、ホームレスは100万ドルのお金を手にしていたといいます。

 ふと先日、15年前に聞いたこの話を思い出しました。

 考えてみると、自分はリーダーシップのコーチをしている。誰の中にもリーダーシップの芽があり、それを成長させることができると常々言っている。講演でもしゃべっている。であれば、自分は誰でもリーダーにすることができなければいけない。うだつの上がらない人物だとしても、リーダーにして欲しいと言われれば、その人をリーダーにしなければいけない。

 そこで浮かんできたのは、自分のある友人の姿でした。

 気軽に話しかけられる人柄ではあるが、それはオーラのなさの裏返し。自分から何かを決めることもなければ、未来に対する展望もこれといってない。存在感のない彼が、もし自分のクライアントだとしたら、どうやってリーダーに育てあげるだろうか。

 みなさんであればどうするでしょうか。

 ちょっと、自分の知っている誰かを思い浮かべてください。うだつが上がらず、さえない誰かさん。その人をリーダーにしなければならないとしたら?

 そんなことを考えていたら、前述の従姉、それに8年コーチをさせていただいているクライアントの成長ぶりが頭をよぎったのです。

 そして、思いました。何が何でもリーダーにふさわしくない人を何が何でもリーダーにしなければいけないとしたら、やはり「退路を断つ」ことだろうと。

 存在感のない私の友人がもし自分の部下なら、3、4人のチームをつくり、そのヘッドに彼を据え、「会社の未来を支える、いち早く戦力となる人を30人、採用してほしい」や「新規事業で収益を10億円上げてほしい」など、明快な半年後のゴールを提示する。予算を与え、「違法行為でなければ何をやっても構わない」と伝える。そして、「半年経ってゴールに到達しなければ辞めてもらうことになる」と告げる。以上。

 リーダーになるということは、最終的には、「すべては自分次第である」という感覚をもつことだと思います。一切の責任逃れを禁じ、あらゆることを自分に帰結させ、始まりから終わりまでのすべてを自分が握っていると思える感覚です。

 この感覚は、本では学習できません。MBAのクラスで授かることも絶対にできません。体得するには、やはり「後がない」という状況に身を置く必要があります。

 リーダーの育成に成功している会社は、次期リーダー候補に対してこれを実践しています。

 私の知人は35歳のとき、突然上司からの指示で、「アメリカの会社を買収してこい」と言われました。社運をかけた1000億円の買収です。失敗したら、彼や上司のポジションはおろか、会社そのものが吹っ飛んでしまう。事前の交渉から、何から何まで一手に託された。「バーベルを肩に載せた状態でジェットコースターに乗るような感覚だった」と彼は言います。

 紆余曲折ありながらも、最終的に彼はこの取引をまとめました。現在41歳ですが、取締役となっています。

 ネット販売の立ち上げを任せる。中国工場の設立を一任する。新規の異業種参入を委ねる……。次期リーダー候補に、失敗したら後がない状況ですべてを託す。
 この実践には、当然、会社のリスクが伴います。「失敗したらどうするんだ」という反対論も出ることでしょう。しかし、リスクをとらなければ、リーダーは育たない。

 リーダーを育てることとリスクをとることは、ほぼイコールなのです。

かくいう私もかつて会社のリスクを託してもらった一人でした。ある日、私どもの会社の社長だった伊藤守(現・会長)から、「これ、法人向けにもやろうよ」と言われました。

 それまでは個人を対象に営業してきましたが、法人も対象にしようと。要するに、法人事業部を立ち上げろということです。「自由にやっていいから、結果出して」。

 1年間、もがき苦しみました。1日に電話を100本かけ、月に10日ネットワークづくりのため交流会に参加し、様々な伝手をたどって企業訪問し……。それでも結果が出ない。

 だんだんと自分が被害者的になっていくのがわかりました。次から次へネガティブな言葉が頭をよぎります。「自分がやろうと思ったわけではない」「そもそもコーチングのマーケットを法人に作るのは難しいんだ」「自分はコーチであって営業マンになったのではない」。

 そんなあるとき、伊藤からメールをもらいました。メールにはたった一言、こう書かれていました。

「It’s up to you.(すべては君次第)」

 この言葉を読んで、視界が晴れていくのを感じました。そして、自分の中で何度も繰り返しました。

「すべては自分次第」

 退路のないところで、自分次第という感覚を培う。リーダーに成長するための欠かせないステップであることは間違いありません。

We love Tumblr. Theme (Innovate) by Thijs